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姉と妹と課題
「お姉ちゃん、歴史の勉強の仕方を教えて〜」
 珍しく妹が下手にでて頼みごとをしてきた。だが、ただいま私はペンと紙を相手に机に向かって格闘中。机の脇に立つ妹に、常套句を口にします。
「おかーさんに聞けば?」
 するとぶっとんだ答えが返ってきました。
「明治維新を『中大兄皇子と中臣鎌足が同盟を組んで藤原氏を倒したこと』というヒトに勉強を教わるなんて危ない橋、私渡りたくない」
「そりゃまた随分世紀を横断したね」
 七世紀あたりに生きた人たちが、なんで十九世紀の大イベントに参加しているのだろう。しかも、中臣鎌足が自分の子孫である藤原氏を滅ぼしてどうするよ。
「とーさんに訊けば?あの人得意じゃん」
「教科書にでてこないことまでベラベラ喋られても時間の無駄」
 おお、無駄と言い切ったよこのコ。
「そこで、高校入学を果たし、とりあえず最低限勉強力があると証明したお姉サマにご教授を」
「それが人にモノを頼む態度かぁっ!」
 とりあえずだとか最低限だとか、どう好意的に考えても褒め言葉じゃない−−−−というか、好意的に考える気すら起きない。
 ばしいと机を叩いて説教する私に、妹は悪びれた風もなく言う。
「人に頼みごとをするときは、その気がなくとも下手に出て丁寧に。甘えるようにすると尚よし。条件満たしてるじゃん」
「思っても口にしないのが基本だよねそれ。ついでにいうと、言葉の内容が下手じゃない。目線がめっちゃ上だろオイ」
「これぞツンデレ」
「お前が使うとなんか違う」
 力いっぱい否定してやると、妹はやれやれと肩を竦めた。その仕草自体も癇に障るが、その表情がまたはらわたを刺激する。
「いーじゃん、お姉つまんらないことしてるみたいだし」
「何してるかわかってないくせに、つまらないとか断言するな」
 確かにつまらないことではあるのだが。
「何やってんのさ」
「選択授業の課題。原稿用紙三枚分で夫婦をテーマにショートショートを作成」
「うっわ人生間違えたね」
 授業の選択ミスをしただけでそこまで言われたくはない。
「明日提出なのー。ほら、いったいった」
 しっし、と手を振って追い払う姉に構わず、妹は机の上に広げられた原稿用紙を手に取る。
「どれどれ」
「見るなー!」
 さっと読んだ妹は、僅かに口角をあげて、小さく鼻で笑った。ムカツキ度で表すなら、その表情はさきほどの「やれやれ顔」に匹敵する。
 妹はその表情のまま、音読した。
「むかしむかしあるところに?」
「……常套句じゃん」
「おじいさんとおばあさんがいました?」
「……ちゃんとテーマにそってるじゃん」
「おじいさんはゲートボール大会に参加しに、おばーさんはその応援に行きました?」
「…………」
「ここで止まるはずだわ」
「くっ……なら、あんたはおもしろおかしく書けるわけ?」
 挑戦的な姉の発言に、妹はせせら笑った。
「ふっ、授業中土方さんと沖田さんのラブラブストーリーを書き上げた私に不可能はないっ」
「そんなことをしているから歴史が頭に入ってこないんだろうが」
 どうせ書くなら頼朝と義経の禁断の兄弟あ(自主規制)。  まあ、妹が歴史の時間退屈で退屈で内職に走るのもわかる気がする。あれは教える先生を選ぶ教科だ。
「じゃあ、手伝ってあげるから、私の方も手伝ってよ」
 というか、ただ単に逃げたいだけなんじゃないのか妹よ。
 とはいえ、手伝ってくれれば実に助かる。創作話などというものは、計画性のない人間が書くようなものではない。
 わかったと頷くと、妹は顎に手を当てた。その姿勢のまま動かない。
 私は待つ。待つ待つ待つ。
 そろそろ声をかけようと思ったその時。
「来た来た来たァッ!」
 突然ぱぁっと顔を輝かせて雄たけびをあげた妹に、私ははびくりと身をひいた。
「……あんた、授業中もそれなわけ?」
 だとしたら教師はもちろんクラスメイトからもブラックリスト直行だ。
「脳内ワールドだから大丈夫」
 別の心配が浮上するのだがソレ。
 とりあえず書いてみようと、妹はいきなり原稿用紙に書きなぐりだした。別にあとで自分で清書するから構わないが、構成は大丈夫なのだろうか。
「読んでみて」
 ずずいと差し出された原稿用紙に、私は目を通す。
『僕には愛する妻がいる。別に特別美人でも料理が上手いというわけでも頭がいいというわけでも、むしろ頭は悪いけれど、いい奥さんだ』
 とりあえず、妻が聞いたら激怒して離婚を申し立てそうだ。
『そんな彼女は僕をこう評する。別に面白みも箔も地位もないけれど、かけがえのない旦那様であると』
 奥さんも奥さんだった。
『ある日、僕は妻に訊いてみた。もし、日本が鎖国をしていなければ、どうなっていたのだろうと。妻は言う。「鎖国って何?」鎖国は小学生でも知っている言葉なのに、わからないなんて、なんてかわいいおバカさんなのだろう。僕が懇切丁寧に説明してあげると、妻は楽しそうに頷いて話を聞いていた。妻曰く、つまらない上に全くもってどうでもいい話をする時の僕の表情は、とても魅力的であるらしい。……』
 ・・・・・。
 沈黙する私に、妹が胸を張って言う。
「題して『とある夫婦の日常』」
「というかうちの夫婦の日常ー!」


 タイムアウトでそれを提出した私が、後日先生に
「ノンフィクションは駄目ですよ〜」
 と見抜かれたのは、なぜだろう。
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