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夢見る魔法使いと野性の王子様
「この恋の行方は……」
 板張りの床に鎮座する、年頃の村娘たちに囲まれた少女が告げた。注目を浴びるはその手の下にあるカード。熱い視線に応えるべく、華奢な手が最後の札をめくろうとする。
「ルナ、また遊びで占いをしているのか」
 突如、興を損なう少年の声音がその場に割って入った。
 思わず縮こまった娘たちは背後の少年に非難いっぱいの目を向けるが、逆にきつい眼差しを受けて逸らす。同じ年頃というのに、狩りや力仕事で日焼けし、背も力もある少年には有無を言わせぬ迫力があった。
「アルカ」
 乱暴に床を踏み鳴らし歩く幼馴染に、占娘が弁明を試みようとするが、彼に先を制される。
「大目玉を喰らうぞ」
 ルナの占いは、ただの遊びで終わらなかった。時に村の行く末を占う重要な役割をも持つ。大人たちは軽率に占いをしないよう、ルナをはじめ娘たちにもきつく言い渡していた。
 分が悪いと、娘たちは不満そうにそそくさと席を立っていく。
 それを鼻を鳴らして見送ったアルカは、戸口に向かってぼやいた。
「遊びじゃねぇんだぞ」
「人のための占いには変わりないわよ」
 座ったままカードを拾い集めていたルナは、溜息をつくように反論する。
「まぁた『シンデレラ』病か」
 呆れたような幼馴染の声音に、占娘は膨れた。
 子供の頃聞いた、西方で語られるお伽噺の一つ『シンデレラ』。その中に出てくる魔法使いにルナは憧れた。あんなふうに人を幸せにできれば。ルナは魔法など使えないが、占術がある。人の力になれる占いをするのが好きだった。
「俺はあの話好きじゃないね」
 夢から引き戻すように、アルカは全否定。
(教えたのは誰よ)
 文句を言いたくとも、ルナを子供扱いする幼馴染はさっさと本題に入ってしまう。
「で。仕事の依頼なんだが」
 村長である父親からの使いできたアルカは、どかりと床に胡坐をかいた。
「もう祭りの時期も近いだろ? 代表を占ってくれ」
 近隣の村で集まり合同で行う収穫祭のことだと、この村で生まれ育ったルナはぴんとくる。弓の腕を競う催しに出る代表を、占いで決めるのは慣わしの一つであった。なにせ、この勝敗に村の名誉と利益がからんでいる。
 既に経験のあるルナは二つ返事で引き受け、日程を伝えた。だが、どうにも幼馴染の様子が変だ。
「今から緊張してる?」
 彼もまた代表候補者の一人であった。代表になるため練習に励んでいるのはルナもよく知っている。子供の頃じゃれついたその腕は、今や気軽に触れられないほど逞しくなっていた。日々の成果の現れだ。
 だから、そう思ったのだが。
「アホか。俺は勝つ」
 選ばれるではなく勝つと断言。
「そこまで自信満々だといっそ尊敬するわ。なら何でそわそわしてるの」
 ルナの指摘に、アルカは身じろいだ。
「その先が問題なんだよ」
「?」
 何が問題なのかと首を傾げてから、ルナは気づく。村長の息子としては代表になって勝たねばならない。それを乗り越えた後は、次のハードルが待っている。プレッシャーの連続だ。
(それでも)
 選ばれて勝ってほしい。どうか、血の滲むような努力をしてきた少年の望みを叶える魔法を。
 そう、肩入れするように願ってしまった罰なのか。

(読み解けない……?)
 選定日当日。広げたカードを呆然と見ながら真っ白になっていく己の思考に、ルナは全身から血の気を引かせた。落ちつけと言い聞かせても徒労に終わる。予想だにしなかった事態に緊張で冷たくなった手が、意志に反して震えた。
「どうした。よもや、今いる者たちは相応しくないと言うまいな」
 村長の言葉に、ルナの心臓がどきりと跳ね上がる。
 単純にカードだけを見れば、誰が有能かわかる。だがそこまで。その中の誰が最も天の加護を受けられるのかは曖昧だ。
 困ったことに、こういうとき、占者のルナではなく候補者が誹られる。神が意を示されないのは、お前たちの力が足りないからだと。それを避けるため仮初の代表を選ぶことも躊躇われた。加護も不確かな者に重責を負わせてしまうことになる。
(占いは人を幸せにするためのものなのに)
 歯痒さに唇を噛みしめた。
 どうする。
 ふと焦る目に飛び込んだのは、日に焼けた逞しい腕。
(アルカなら……)
 暇さえあれば練習をし、持ち前の精神力で本番にも強い彼なら、たとえ加護などなくとも勝てるかもしれない。
 ちらりとカードを確認し、もっともそうな文言を頭に巡らせる。
 ともすれば掠れそうな声を気力で隠してルナは口を開いた。
「適任者はいます」
 大丈夫、大丈夫。
 呪文のように唱えながら、続ける。
「此度の祭りには風龍様がくるご様子。なら、風の加護を受けた者を。それと、鳴矢の扱いに秀でた者」
 すらすらと並べた言葉は嘘も方便もいいところであった。カードの意味を違えてはいないが、特定の人物を彷彿させる言葉を意図的に選んでいる。しかし、村の人々は生半可に意味を知っているだけに不審に思わず、勝手に答えを導きだしてくれた。
「アルカか」
「やはり」
 指名されたアルカは、喜びを露わにするわけでも緊張に震えるわけでもなく、皆に向かって淡々と頭を下げる。
 上がった、どこまでも真っ直ぐな瞳と目が合い。
 ルナは逸らしてしまった。

(どうしよう)
 遠くに喧噪を聞きながら、ルナは一人夜の村をとぼとぼと歩いていた。選定式の後に開かれた代表激励のための宴に出席していたのだが、酒が出てきたのを是幸いと、飲めないことを理由に抜け出てきたのだ。皆が任せたとアルカの肩を叩き、信じて疑わぬ笑みを向ける様を見るのが、辛かった。
 求めるように闇がひしめく空を見上げれば、満ちてきた月が眩しい。
 魔法使いがシンデレラに魔法をかけたのも、こんな夜だったのだろうか。
 その発想に、顔が笑い損ねたよりもっと酷い形に歪む。
 自分はとんだ魔法使いだ。目的地に運ぶ馬車を用意するどころか、落ちたらどこまでも沈んでいく重石を乗せるような真似をした。もしかしたら、アルカには代表となるのに他に適した時期があったかもしれないのに。
 もし。
 その先を考えてしまえば手の先が冷たくなる。胸の奥が軋むような痛みに、世界が歪んだ。滲んで繋がって弾けて。ようやく涙が浮かんだのだとわかる。
 なぜあんな占い方をしたのだろう。
 候補者の皆が誤解されるのを恐れて、わからないと言うのを避けた。それでいて幼馴染に責を預けていては、幸せのための占いと言えるわけがない。公平であるように偽ろうとした罰だ。己の甘えのせいでアルカが追い詰められる。
(そんなのはイヤ)
 ルナはぐっと握った手で目をこすった。
 自分は魔法使いになり損ねたのだ。ならば潔くその役目を降りよう。きっと今ならまだ間に合う。
(占術の任を外されるだろうけど)
 それどころか、虚偽を申し立てた罰として村を追い出されるかもしれない。けれど、幼馴染の魔法使いになり損ねた自分ができるのは、これぐらいしかなかった。
「ルナ」
 どこか不機嫌の混じる聞き知った声に、ルナはびくりと身を震わす。取り繕う余裕もなく振り向いた。
 夜の帳が表情を隠そうとしても、光り輝く月が互いの顔を露わにする。遮るものがないこんな場所では、双方とも否応なく月の光の元に晒される。
 年を重ね仕事の経験を積むに合わせ、引き締まっていった顔。
 大人になろうとしている、男の人。
 この人の足を引っ張りたくない。
 その想いが、決意を固めた。
「アルカ、話があるの」
 決然と幼馴染の目を見る。
「……散歩しながらにしねぇか? 捕まると面倒だ」
 己が主役の場を抜け出してきた少年は、歩いてきた方角をちらりと見遣やり言った。

 静かな村の端を、少し距離を置いて二人黙って歩く。喧騒も家族の団らんの声も遥かに遠ざき、耳をくすぐるのは虫の音と足元を流れる小川、それと二人並んで草を踏む音だけ。
「私ね」
 ルナが口を開くと、どちらともなく足を止めた。
 向き合えば、幼馴染の神妙な顔と出会う。光を浴びた彼は威風堂々として美しくさえある。その源は、内面外面問わずに彼が持つ強さ。はじめからこの幼馴染は魔法使いなど必要としていなかった。必要とするわけがない。こんな役立たずな魔法使い。
 思い、切なくなる。
「わからなかったんだぁ」
 自嘲のような声音は、込み上げてきた想いに耐えかねたように、最後震えた。
「わからなかったって、お前」
 言わんとすることを察し、驚きに目を瞠る幼馴染に、ルナは訥々と告白する。
 頭が真っ白になってわからなかったこと。
 そんな中でアルカが浮かんだこと。
 彼なら大丈夫だと思ったこと。
 呪文の代わりに自身の言葉を紡ぐ。
「ごめんね、責任押しつけちゃって。全部皆に話すから」
 深く深く、頭を下げる。こぼれた涙が決意を奪ってしまわないように。
 沈黙の後、アルカはゆっくりと口を開いた。
「俺は出るぞ」
「……え?」
 戸惑いで顔をあげれば、幼馴染は平然とした顔で言う。
「わかんねーなら誰が出ても同じだ。この際黙ってろ」
「けど!」
 言い募ろうとするルナに、アルカは小さく首を振る。何もかも覚悟しているという目をしていた。
 村の名誉をかけたこの催しで負けた場合、非難の矛先が向かうのは占者ではなく、代表者なのだ。加護を受けておきながら、それを生かせぬ無能者よとなじられる。
 だが、占いのミスはルナが背負うべき事。黙っているわけにはいかない。
「せめて、不幸に導くような真似はさせないで」
 幸せに導く魔法を知らないから。
 涙で目を滲ませたルナに、アルカはじれったそうに言い放った。
「俺には魔法使いなんざいらねぇんだよ」
 記憶にあるよりずっと大きくなった手が、後頭部を引き寄せる。
 はるかに高い背が、月を隠す。
 呼吸が止まる、一瞬。
「……確か、どっかの物語じゃコレで目覚めるんだっけか?」
 顔を離した幼馴染はぶっきらぼうに言う。
 ルナは驚きにひたすら目を瞬いた。
 春の息吹きを受けたように、その頬が薔薇色に染まっていく。
「俺なら大丈夫だって思ってんなら信じてろ。絶対勝ってやる」
 姫を助けるのが王子の役目だからな。
 夢から覚めた姫君に、野性王子は不敵に微笑んだ。
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